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年賀状、ありがとうございました
今年も多くの方から年賀状をいただきました。
久しぶり、の方々も多くおられますが、そうした方々の近況を知ることができて感謝です。
ひとこと書いてくださっていることの中に、このブログを読んでくださっていることや、
集会所の前を通って特別集会の案内物をリアルに見たよ、等のことがあり、感謝でした。

皆様、それぞれの所で歩まれていることの中に、神様の恵みが豊かにありますように。

JUGEMテーマ:大晦日/お正月



author:sa-ru(会堂管理人 おさる), category:できごと, 12:14
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今年の年賀状をアップします
今年の年賀状、顔をぼかして公開します。
年賀状
「謹賀新年」の文字は娘に書いてもらいました。
ここ数年、年賀状作成は娘に協力してもらっています。

「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。」
とは、聖書の「ヘブル人への手紙」13章5節に書かれているイエス・キリストの言葉です。
私たちを、決してひとりぼっちにしない、という約束です。
格差がどんどん広がり、また、情報・コミュニケーションツールの発達で便利になった一方で、かえってコミュニケーションが疎外される逆説的現象が深刻化する中、
「たとえ世界から見捨てられても、わたし(キリスト)はあなたと一緒にいる」と言っているのです。
この、キリストに信頼し、2019年を歩んでいきたいと思います。
むろん、いつもボクたちを助けて支えてくださっている、リアルな周囲の方々への感謝も忘れずに。

皆様、本年もよろしくお願いいたします。

JUGEMテーマ:大晦日/お正月



author:sa-ru(会堂管理人 おさる), category:できごと, 21:38
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初日の出
元日の朝、高崎市役所の31階展望ロビーは、初日の出の鑑賞用に公開されています。
この場所は、昨年9月に、当集会のEくん&Mさんが、結婚式を挙げた所です。
初日1
非常に眺めが良い場所で、市内の景色も良く見え、電柱や電線に邪魔されずに、日の出を見られるスポットです。
近辺の、初日の出鑑賞スポットとしては、他に観音山の山頂もありますが、樹木がちょっと邪魔なのと、屋外なので寒いという難点があります。
初日2
ここは、見晴らしが良くて、暖かくて、ありがたいです。
市の職員さんの対応も、ありがたいです。
初日3
この、市役所での初日の出鑑賞に、ずっと行ってみたいと思っていたのですが、例年、大晦日から元日にかけてスケジュールが立て込んでおり、行くことができずにおりました。
ところが、今回は某事情により大晦日の行事が無くなりました。新年学び会も、昨年から2日に移っています。
ということで、「今回なら行ける!」と思ったのです。
チャンスは逃すと次はいつあるか分からない。
初日4
展望ロビーに続々と人が集まって来ます。
初日5
太陽が顔を出すと、人々から歓声が上がります。
歓声と一緒に、スマホを持つ手も上がります。
初日6
初日の出に、皆さんは何を思ったでしょうか。
日の出・日の入りは毎日あり、特別なことではありません。
単に、一年という、人が定めた区切りでの日の出に過ぎません。
太陽も、地球に光と熱という、大きな恩恵を与えてくれる存在ではありますが、それだけです。
でも、昇ってくる太陽は、大きな活動を想起させます。
ボクは、新しい一年の歩みについて、この太陽を創造して私たちに与えてくださった神様に感謝して祈りを捧げます。

ウイリアム・マクドナルドさんの著書に、次のような祈りの言葉がありました。
「主イエスよ…これからの一年、私の人生を御手にとり、あなたの栄光のために用いてください。
……他の人の悪口を言ったり、批判したりすることのないように守ってください。むしろ、人の徳を高め、有益なことを語れるように助けてください。
……主イエスよ…私の身に何が起ころうと、冷淡になったり、苦々しくなったり、皮肉屋になるのことのないようにお守りください。」

初日7
集会所に戻って、ベランダから一枚。
やっぱり、電線がちょっと邪魔です。
新しい一年、皆様の上に、神様の祝福が豊かにありますように。

さて、明日は新年学び会です。
一年の計は「聖書の学び」にあり。
是非、ご参加ください。

JUGEMテーマ:大晦日/お正月

author:sa-ru(会堂管理人 おさる), category:できごと, 10:41
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良い年を、お迎えください
今年も、もう終りですね。
新しい年が始まります。
どんな年になるか、主イエス様に期待して…。
author:sa-ru(会堂管理人 おさる), category:できごと, 23:58
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藤岡集会に行ってきました
昨日の日曜日、ボクは藤岡キリスト集会に、おうかがいしてきました。
違う集会に出席すると、お互いに、いろいろ刺激がありますね。
暖かく迎えてくださり、感謝でした。
藤岡集会は、片岡町の集会より、さらに少ない人数で集まっている集会ですが、
神様の守りと祝福があるよう、お祈りいたします。

集会で語られていたことの中で(一部分)、ボクが考えさせられたことを、書いておきます。

ヘブル人への手紙
10:22 そのようなわけで、私たちは、心に血の注ぎを受けて邪悪な良心をきよめられ、からだをきよい水で洗われたのですから、全き信仰をもって、真心から神に近づこうではありませんか。
10:23 約束された方は真実な方ですから、私たちは動揺しないで、しっかりと希望を告白しようではありませんか。
10:24 また、互いに勧め合って、愛と善行を促すように注意し合おうではありませんか。
10:25 ある人々のように、いっしょに集まることをやめたりしないで、かえって励まし合い、かの日が近づいているのを見て、ますますそうしようではありませんか。


へブル人への手紙の、ここまでの話し(キリストの卓越性と、それによる確かな救い)をふまえて、「そのようなわけで」と手紙の著者からの「勧め」が、段階として記される。

1.私たちはイエス様の十字架の贖いの業により、きよめられている(きよい立場をいただいている)ので、

2.神様に信仰をもって近づこう(神に近づく思いを持とう)

3.神様は祝福を約束しており、神様は真実だから、希望をもって進もう
 (私たちの目に見えるモノが絶望的に思えても、希望を失ってはいけない)

4.神様が私たちに求めている「無償の愛と善行」を、心折れずに行おう
 (私たちが「無償の愛と善行」のつもりで行っていることを、
 相手に「何か裏があるんじゃないか」とか、
 「恩を売ってキリスト教に勧誘しようとしているんじゃないか」とか、
 「後でお金をせびられるんじゃないか」といったふうに
 受け取られたとしても、めげずに進もう)

5.動揺したり、心折れたりしないために、定期的にいっしょに集まって、
 「私たちの希望と報いは人ではなく神様にある」ことを確認し、互いに励まし合おう

時々、「神様に近づくと、人から離れてしまう」現象を見聞きすることがあります。
本来は逆で、「神様に近づくと、世の評価に左右されないで、人に真摯に寄り添える」ものなのです。

話しは変わりますが「真摯」と「進撃」って文字の感じがちょっと似てますね。
意味は全く違いますが…。
【真摯(しんし)】[名・形動]まじめで熱心なこと。また、そのさま。
【進撃(しんげき)】[名](スル)前進して敵を攻撃すること。攻撃しながら前進すること。

JUGEMテーマ:日記・一般

author:sa-ru(会堂管理人 おさる), category:できごと, 17:04
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『新改訳2017』で、ひとつ不満なこと
『聖書 新改訳2017』を読んでいて、ひとつ不満に思うことがあります。
全体的に、すごく良くなっているだけに、ちょっと残念に思うのです。

妻は「そういうことは、言わないほうが良い。全然、重要なことではないし」と忠告してくれていますし、このブログも一般の方向けのものですから、些末な翻訳問題を取り上げるのは、ふさわしくない、とは思うのですが…。

ボクが不満に思うことは、聖書本文の訳文ではありません。
以前にも書きましたが、本当に「原語に忠実かつ日本語として分かり易く」を実現していて、素晴らしいです。

不満なのは「欄外注」です。
「ヨハネの福音書」の「時間表記」の「欄外注」が、ユダヤ時間になっているのです!!
プンプン!!
…そこだけです、不満なのは。
ボクはローマ時間説の支持者なので。

はい、全然、重要なことではありません。
本当に些末なことです。
すみません。

でも、ボクとしては、残念なのですよ。
「ヨハネの福音書」の時間表記について、「ユダヤ時間である」とする説(日本聖書協会はこの説を採用)と、「ローマ時間(現在、私が使っている時間)である」とする説のふたつがあります。
『新改訳聖書』は、このふたつの説を尊重し、原語のまま「第○時」と本文で表記し、欄外注でそのことを説明していました。
なのに今回、本文はそのままですが、欄外注でユダヤ時間だけを記載する、というのは…
「本文の第○時とは、ユダヤ時間で△時だよ」と、言っているわけで、
「ローマ時間説は少数意見だから無視」という態度に思えるのです。
まあ、本文は原語のままですから「無視はしていない」のでしょうが、ちょっと…。

このところ、いのちのことば社等から出版される本に、ローマ時間説が無く、ユダヤ時間説ばかりだと感じてはいましたが…。

些末な、枝葉のことなのですが、ちょっと残念なので、愚痴ってしまいました。
すみません。
たまには愚痴ってもいいでしょう?(たまに、ではない、かな?)
author:sa-ru(会堂管理人 おさる), category:できごと, 20:36
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子ども達の夏休みが終りました
子ども達の夏休みが終りました。

親としては「やれやれ、やっと…」なところもあるのですが、皆様はいかがでしょうか。

休みが終わって、息子は既に学校に通いだしていますが、休み中と顕著な変化があります。
あまりに顕著なので、マジびっくり、なのですが…。
イラつき、キレ易く、物に当たり、家族に暴言…
夏休み中は、こんなことはありませんでした。
また、今までに何度も夏休みは経験していますが、ここまで顕著な態度変化は、今までにありませんでした。
よほど、学校がきついのか…?

先日、警察からの「安心メール」で「夏休み明けの子どもの自殺を防ごう」というものがありましたが、本当に大変なようですね。
いや、先生方や学校がどうとかいうのではなく、生徒とその親を含む社会そのものが歪んで、そのしわ寄せが(先生方のがんばりにも関わらず)生徒達に出てしまっているのではないでしょうか。

つらい方達の受け皿に、私達もなりたいと思っています。


「すべて疲れた人、重荷を負っている人は、わたし(キリスト)のもとに来なさい。わたし(キリスト)が、あなた方を休ませてあげよう。」聖書
author:sa-ru(会堂管理人 おさる), category:できごと, 23:40
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猛暑のせいではない、と言うけれど…
集会所のある隣組の地域の中で、ご高齢の方が2名、相次いで亡くなられました。
ご遺族の方々と少しお話ししましたが、言葉がないですね。
自分自身の足りなさを突き付けられる感じです。
聖書が言うように「死は最後の敵」ですね。
猛暑のせいではない、とのことですが、多少の影響はあるのではないでしょうか?
先日の叔父が亡くなったことも含め、私の身近で他にも数件、亡くなられた方のことを耳にしています。
ご遺族の皆様の上に、慰めと励ましがあるよう、祈ります。

キリストによってすべての人が生かされるからです。
《…中略…》
最後の敵である死も滅ぼされます。

       (第一コリント 15章22節、26節)

JUGEMテーマ:生と死



author:sa-ru(会堂管理人 おさる), category:できごと, 19:37
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PPKは幸せか?
介護業界で働いていると、「PPK(ピンピンコロリ)を目指そう」的なことばを、時々耳にします。
…すみません。PPKで検索すると、拳銃の名称や品質管理の分析等、いろいろなものがありますね。
略称は時としてややこしい…。

ウィキペディアには次のようにありました。
「ピンピンコロリとは、健康寿命の長さを言い表した表現で、「病気に苦しむことなく、元気に長生きし、最後は寝付かずにコロリと死ぬこと、または、そのように死のう」という標語。略してPPKという。」

長患いをしたり、寝たきりになったりせずに、死ぬ直前まで元気でいたい、というのは自分のこととしては、自然だと思います。
施設でも「寝たきりになったら、窓から飛び降りて死んでやる」なんて言っている元気なお年寄りがいます。
で、ボクがそのたびに「でも〇〇さん。寝たきりになったら、飛び降りられませんよ」と返すと「そうさ。ハハハハハ」と笑っています。
出来ないことを承知で、寝たきりにはなりたくない、という切実な思いの、その方なりの表現なのでしょう。

実は先日、叔父が亡くなりました。
まさしくPPKでした。
自営だったので、現役で働いており、傍から見る限りでは、さほど衰えも見られませんでした。
逆に年を経て人格が丸く、というか懐が広くなり(若いころは、ちょっと怖くて近寄りがたかったので)、話しやすくなって、これからもっといろいろお話ししていきたいな…と思っていました。
その日の夕方、所用があって電話した時、叔母が出て
「じゃあ、お父さんと相談して、連絡しますよ。お父さん、今、ちょっと買い物に行って、まだ帰ってきていないのよ。もう帰ってくるはずなんだけどね」
その夜、従妹から電話があり、叔父が亡くなったとの知らせが…買い物先で倒れて、病院に搬送され、死亡が確認されたとのこと……。
驚きました。全く想定外だったので…。
叔父の家に行ってみると、叔母が「突然でね。全然、信じられない」と。
そして、叔父の遺体の横で「寝てるみたいでしょ。ほら、お父さん、起きろ。起きて。起きてよ。」と。

倒れたのが運転中でなくて良かった。
病気にもならず、死ぬ直前まで元気で良かった。
いろいろな方がそうおっしゃいました。
確かに「良かった」はたくさんあります。
でも、突然のことで、周りの人間としては、気持ちの準備、というか、覚悟ができていませんでした。
そういう点では、最後に病気や入院があるのも、周りの備えの時間として、「あり」かも、と思いました。
ボクの父や母が亡くなる時の入院は、備えとして有意義でした。

いずれにせよ、「死」という大きな「別れ」は、私たちの日常の暮らしでは忘れがちですが、とても重大な、厳粛な出来事である、と再認識させられました。
物理的ないろいろの整理だけでなく、魂の行き先のことについて、備えは必要ですよね。

地上に残る親族に自分の供養を任せるのか、あるいは召天の切符を自分で会得する(信仰によって)のか。
皆様は、備えはできていますか?

「あなたの神に会う備えをせよ。」(聖書 アモス書4章12節)

JUGEMテーマ:生と死



author:sa-ru(会堂管理人 おさる), category:できごと, 14:55
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お花見で思ったこと
今回も遡りの記事です。
以下の写真は3/31に妻とお花見に行った時のものです。
片岡町キリスト集会所の周辺には、観音山をはじめとする様々な桜の見どころがありまして、春は本当に奇麗です。

妻とお花見

お花見は、奇麗でいいのですが、この時期、外気に触れる…特に草木のある所に行く、というのは…ちょっと厄介ごとが伴います。
厄介ごと…お分かりと思いますが「花粉」です。

ボクも妻も花粉症なので、お花見はちょっとした「覚悟」が必要です。
今回、面白いな、と思ったことがありました。
ボクが「この辺りは大丈夫だね」と言うと、妻は「私、かなりきつい」と言ったり、ボクが「花粉、きつくなってきたね」に対して妻は「そうでもない感じ」となったり、どうも反応が違うのです。
同じにきつく感じた場所もありましたが。
どうやら、ボクと妻で、それぞれ反応する花粉が異なっているようなのです。
(きちんと診断を受けていないもので…)

同じような弱点なんだけれど、弱い点が微妙に違うって、まるでボク等の性格のようです。
性格も弱さも人それぞれ。同じような弱さでも、ポイントは人それぞれで微妙に違う。
違うから、こその個性。
無論、克服すべき弱さもありますので、全てを個性で片づけてはいけないと思いますが、克服や対応に必要なエネルギーも人それぞれですから、弱点に対し、他者が安易に批判するようなことは良くないですよね。

互いに異なる弱さを持つ者同士、互いにフォローし合えたら、幸いですね。

分裂がなく、各部分が互いにいたわり合うためです。
(聖書 コリント人への第一の手紙 12章25節)

JUGEMテーマ:日記・一般

author:sa-ru(会堂管理人 おさる), category:できごと, 23:18
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