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母の召天記念日
今日は、母の6回目の召天(「天(神様)に召される」という意味)記念日でした。
毎年、忘れずにお花をくださる母のお友達がおられます。
今年も大きな花束をいただきました。ありがとうございます。
是非、いずれ、天で母と再会してくださることを願います。
母の召天記念日に宮川さんからいただいた花

さて、久しぶりに「母の病床詩」から。


「ゴッド・コール」

病院には
 便利なものがある。
困った時、ベッドに居ながら
 看護婦さんを呼べる
  ナースコールだ。
私は困った時、苦しい時、
 いつでも神様を呼べる
  ゴッドコールを
   心のうちに持っている。
ゴッドコールを押すと
 平安がくるので感謝です。



…「である体」で書かれているのに、最後が「です」で終わるのが気になるところ(かつての職業柄)ではありますが、
そこが母らしいところかとも思います。
癌の苦しみの中にあって、このゴッドコールを押し続けていたのだと思います。

「わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。
わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。」
(聖書 ヨハネの福音書 14章27節)
集会のお墓にお花が飾ってありました
JUGEMテーマ:生と死
author:sa-ru(会堂管理人 おさる), category:母の病床詩, 22:34
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母の召天記念日に…
早いもので、母が天に召されて、4回目の召天記念日がやって来ました。
毎年、お花をくださる母のお友達がおられまして、今年も大きな花束をいただきました。
感謝です。
母の召天記念4周年に宮川さんからもらった花束

娘と対比しても花束の大きさが分かると思います。
娘は同世代の子供達の中では大きい方なのですが…。
母のお友達の皆様が、いずれ天で母と再会してくださることを望みます。

久しぶりに「母の病床詩」から


「 言 葉 」

おはよう  ありがとう
こんにちは ありがとう
こんばんは ありがとう
おやすみ  ありがとう
こんな言葉を
たくさん言えるような
毎日でありたい



「すべての事について、感謝しなさい。」(聖書 1テサロニケ5:18)
を生きようと志していたことがうかがえます。

ところで、奇しくもKご兄弟の葬儀の日が重なりましたが、
Kご兄弟は本当に「ありがとう」と言って召されて行きました。

「キリストにあって感謝」の人生を歩み通した先輩達に習って生きたいです。
いただいたお花
JUGEMテーマ:生と死
author:sa-ru(会堂管理人 おさる), category:母の病床詩, 07:14
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「孫」
写真嫌いの息子が、めずらしく
「このお花(一昨日、母の召天記念日にいただいた花)となら撮って」
と、いうもので、撮ってみました。
宮川さんからいただいたお花と息子
そこで、もうひとつ、「母の病床詩」を。

「孫」

最近ことばを覚えた孫が
  「ばあちゃん」と呼ぶ
私としては もっと素敵な
  呼び方を望んでいたのだが
「ばあちゃん」と呼ばれ
  まんざらでもない気分でいる


あ、母がこの詩で取り上げた「孫」は息子ではなく娘のほうですね……。
母が召される時には、カタコトしかしゃべれなかった娘が、今はペラペラ……時々行き過ぎるぐらい、よくしゃべります。
思い返せば、子どもたちは、存在そのものが母やボクら夫婦にとって慰めでした。
そういう点でも「時にかなって」いましたね。
author:sa-ru(会堂管理人 おさる), category:母の病床詩, 23:43
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「時にかなって」
昨日、母の召天(「天(神様)に召される」という意味)記念日で、母の友人だった方から、お花をいただきました。
例年、いただいていて…すみません。ありがとうございます。
宮川さんからいただいたお花2009年
さて、一年ぶりですが、記念日なので「母の病床詩」を載せたいと思います。

「時にかなって」

「神のなさる事は
  すべて時にかなって美しい」
ふり返ってみると
  いろいろな事が
時にかなって
  過ぎてきた気がする
今回の病気も
  今の時で良かったと思う
これから何が起こるかわからないが
  すべて時にかなって
なされていくと信じている


母の死を「早すぎる死」と言う方もおられます。
確かにそうですが、今、思えばあの「時」でなければ、ボクは片岡に来ることはできなかったでしょう。
……ボクのため…なのだろうか……。
でも、たぶんそれだけではないと思います。
「時にかなって美しい」という全貌は、天に行った時に明らかになるでしょう。
その時、ボクらはそのあまりのすばらしさに驚嘆して賛美することでしょう。
author:sa-ru(会堂管理人 おさる), category:母の病床詩, 23:42
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「旅立ち」
今日は母の召天記念日でした。

クリスチャンは「召天」ということばを使います。
「天(神様)に召される」という意味です。

母の友人だった方から、お花をいただきました。
宮川さんからいただいた花束
覚えていてくださって感謝です。イエス様を信じて、母と天での再会を果たしていただくと、母は喜ぶと思います。

さて、しばらくやっていませんでしたが、記念日なので「母の病床詩」を載せたいと思います。


「旅立ち」

「死ぬる日は
  生まるる日にまさる」と
み言葉にあるけれど
  普通は
生まれたら
  笑顔で おめでとう
死んだら
  悲しんで お悔やみを言う
でも 死ぬる日は
  天国への旅立ちの日
その時がきたら
  賛美しつつ旅立とう


author:sa-ru(会堂管理人 おさる), category:母の病床詩, 22:15
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「普通」
「普通」

普通のことが
  普通にできる
それはあたりまえのこと
  でも
それができなくなった時
  普通にできることの
有り難さがわかる



「母の病床詩」第3弾です。
たしか、似たようなことを言っていた方が他にもおられたような覚えがあります。
普通のことが普通にできるのは決して普通ではないんですよね。

病気の進行によって母は日に日にできることが減っていきました。
そんな中で「今までできた」ことの感謝と「まだできる」ことの感謝をしていました。
イエス様が母を支えてくださっていることを感じました。
author:sa-ru(会堂管理人 おさる), category:母の病床詩, 23:38
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「初心」
「初心」

「初心忘るべからず」とは
  なかなか難しい
19才で信仰を与えられ
  40数年が経った
信仰は年数に比例するものではない
  色々な試練もあったけれど
今日まで守られてきた
  少しマンネリ気味になった時
病気をとおして
  初心に返れたような
そんな気がしている



「母の病床詩」第2弾です。
身内褒めで申し訳ないですが、確かに母は病気になってから(それまでも決してマンネリだったとは思いませんが)信仰が研ぎ澄まされて、輝いていました。
イエス・キリストを信じるとはすごいことだな…と、そばで見ていて思いました。
author:sa-ru(会堂管理人 おさる), category:母の病床詩, 23:31
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「宣告」
以前にも少し触れましたが、母は癌との闘病中(入院中)に詩を書きためておりました。
薬袋の裏などに、思いついた時にメモしていたものを、在宅での緩和ケアに入ってから、ノートに清書したようです。
以下、ラインの間が母の詩です。


「宣告」

癌を宣告された時
  何か変だが ほっとした。
六〇才になった時
  自分はどんな老後を過ごし
どんな死に方をするのだろうかと
  考えたことがある。
事故か病気か自分で選べない、
  あまり変な死に方をしたくはないが
キリストのために命を捧げる
  そんなかっこいい事はできそうにない。
まあ、癌だったらいいか……と
  妙な安堵感がよぎった。
さあ これから一日一日を大切に
  感謝しながら生きていこう。



…たいしたお人だ、と、ただ脱帽です。
本当に、最期まで一日一日を大切に生き抜かれました。

神のみことばをあなたがたに話した指導者たちのことを、思い出しなさい。彼らの生活の結末をよく見て、その信仰にならいなさい。(ヘブル 13: 7)
見習いたいと思います。
author:sa-ru(会堂管理人 おさる), category:母の病床詩, 23:50
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